2012年6月30日土曜日

石ノ森スピリッツ6と江口寿史[tone]

翌5月3日、またまた雨の中、阿佐ヶ谷ロフトA石ノ森スピリッツvol.6「スラップスティック」へ。大友さんも石ノ森さんも宮城県出身のマンガ家という共通点があります。写真は左から司会の山田ゴロさん、吾妻ひでおさん、僕、すがやみつるさん、アシスタントの渡邉沙紀さん。渡邊さんは新人の女子プロレスラー(ブリリアントバトルガールズVoLumeII)で、楽屋には井上貴子さんもお見えになっていました。

吾妻さんとすがやさんには何度もお会いしていますが、山田さんは今回初めて。山田さんとすがやさんは石森プロ出身で、真ん中の二人はそうではないのですが、吾妻さんも僕も石ノ森先生の影響は多大なものがあります(吾妻さんには石ノ森さん原作の『好き ! 好き !! 魔女先生』のコミカライズという仕事もあります)。

僕はといえば、ご多分に漏れず『マンガ家入門』を読んでマンガの描き方を覚えたので、遠いお師匠さんともいえる。左は小学生のときに買ったサンデー・コミックス『怪人同盟』に落書きしていた石森先生の自画像。このトークライヴ、僕は石森ギャグについて話すのだと思いこんでいたら、トークの大半はやはり吾妻さんへの質問に費やされました。もちろん、それもお客さんは聞きたかっただろうからかまわないのですが、せっかくなので、最後にちょっとしゃしゃり出てその辺を語り倒してきました。

当時の人気ギャグマンガ家といえば、誰を置いても赤塚不二夫。でも赤塚さんがメタ的なナンセンスギャグに走り出すのは、バカボンの中期以降のことで、もともとの赤塚さんの資質は人情喜劇的なところがありました。しかし同じ頃、石森章太郎が描いていた『テレビ小僧』〜『となりのたまげ太くん』〜『ボンボン』というギャグマンガは、アメリカのスラップスティック・コメディを彷彿とさせるドライでクールなバタ臭い作風で、たぶん赤塚さんほどの、また石森さんのストーリー物ほどの読者数は得られなかったと思いますが、僕は大好きでした。いま見るとテックス・アヴェリーなどのアニメの影響を強く感じます。その辺をプロジェクターで具体例を挙げながらいくつか解説(まったく、誰よりも石ノ森先生に精通している先輩お三方をさしおいて、厚かましいことです)。


トーク終了後、僕と吾妻さんはイースト・プレスの堅田さんと一緒に吉祥寺で行われている江口寿史さんのカラートーンを使った原画展へ移動。

江口さんの女の子の絵はやっぱりいいですね。会場には江口さんが選んだ80年代の日本のポップミュージックが流れていて、いい雰囲気。カラートーンは僕も使ってましたが、油性フェルトペンで描いた原画に貼ったら、しばらくして糊に黒インクが染みてきてえらい目にあったことが。右は吾妻さんが対抗意識を燃やして描いたJK。

お足もとの悪い中、イベントにお越しいただいた皆さん、どうもありがとうございました。

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